2.2 図形

2.2.1 空間と図形

  • 図形 私たちは、3次元空間の中で生きており、その中で視覚的に様々のものを認識して、取り扱っている。その際視覚的対象の形を、類似性と差異とによって分別し、体系付ける。数学はそれらを、ある特徴(性質)だけに着目した、理想化された概念である「図形」(figure)として自らの中に取り込む。点、直線、平面、円、三角形、多角形、多面体といった私たちになじみ深い図形はいずれも現実にあるイメージを理想化したものである(まっすぐな線→直線、丸い形→円、等々)[1]。その概念の定義は、(少数の例外[無定義用語]を除き)数学的に明確なものとなっている(例:円=平面内の、ある点(中心)からの距離(半径)が一定である点の軌跡[集合])。
  • 空間・次元 私たちは自らの存在する空間を縦・横・奥行きの3つの方向を持つものとして捉えている。またこれらは一様で、どこまでも続いていると考えている。これを数学の概念としたものが3次元ユークリッド空間である。時間も同じように考えると併せて4次元になる。逆に、ある図形が平面内にあれば2次元、直線の中にあれば1次元、点は0次元と考える。このように図形の性質として、一番粗いものがその広がりの「次元(dimension)」である。私たちの空間は3次元なので、それ以上の次元の空間は「想像」するしかないが、数学は(幾何的なイメージによらず)、「座標」という媒介を通して空間を代数的なものに転換することにより、一般の次元の空間を考える(合理的な仕方で想像する)ことを可能にしている([3.2.2])。
  • 非ユークリッド空間 数学はユークリッド幾何学の公理を批判的に捉え直すことにより、私たちの身の回りにある(と考えている)空間とは別の空間上の幾何学で同じように豊かなものが存在することを見出した。当初それは「想像上の」ものと考えられていたが、実はこの世界の中でも目に見える形で存在することが分かった。例えば球面は別の2次元幾何学の「空間」になっている。それどころか、驚くべきことに私たちの住む時空の4次元空間はユークリッド的ではないことが理論付けられたのである(相対性理論)。

 

2.2.2 図形の性質・計量

  • 図形の性質としては、2つまたはそれ以上の図形の関係(相対的位置)が重要である(交わる、平行、接する等)。中でも同じ名前で呼ばれる2つの図形が、同じ形であるかどうか(相似)、形も大きさも同じであるかどうか(合同)が基本である。
  • 計量 数学としての図形の性質の探究は、人類文明の発祥以来の現実の問題に根ざしている。それは「幾何学」の語源が「測地」という意味であることからも知られる。人々は、土地の様子を知り、地図を作り、また建築物などを造営するために図面を作り、図形の様々の性質を応用した。ここでは長さ、角度、面積などの様々の量が現れ、これらの量を用いて図形の性質が記述される。このように量を用いて表される図形の性質を「計量的(metrical)性質」とよぶ。例えば三角形の合同の条件「3辺の長さがいずれも相等しい」、「2辺とその挟角が相等しい」、「2角と挟辺が相等しい」は計量的性質による特徴付けである。これに対し、計量によらない(純粋に)「幾何的な」性質は「位相的」(topological)性質と呼ばれる(後述)。
  • 絶対幾何学・座標幾何学 ユークリッド幾何学では、計量的性質を数値化せず、そのまま(絶対的な)量として扱う(絶対幾何学)。これに対し、座標を通して数の世界に移して考えるのが「座標幾何学」である。現実の世界ではもちろん具体的な数値に置き換えることが必要であるが、数学は(具体的な数値の如何に依存しない)幾何的な量の間の関係や、それを用いた幾何的性質の特徴付けを与える。例えば三角形の形を知るには、すべての辺や角の大きさを知る必要はなく、上に記されたような(半分の)情報を得ればよい(他はそれらを用いて表される[2])。さらに面積なども計算することができる。
  • 移動 2つの図形が合同であるかどうかを検証するには、単に静止した(static)事物として見るのではなく、一方を「移動」して「重ね合わせる」という動的(dynamic)作業が必要になる。特に平行移動、回転、反転、拡大縮小といった特別な操作の重要性と性質は古くから知られた。実は平面幾何学では、すべての移動は平行移動、回転、反転を繰り返すことで得られる。現代はコンピュータの発達によって、こうした作業を単にイマジネーションだけではなく、目に見える形で容易に行えるようになっている。
  • 拡大縮小(スケール変換) 同様に2つの図形が相似であることは、移動に加えて拡大縮小をも行って重ね合わせることで検証される。この拡大縮小の大きさは、例えば地図の縮尺として表される。2点間の距離はこの大きさに比例して変化するので、地図上の距離と縮尺を知れば、対応する2地点間の距離を知ることができる。また角度は拡大縮小でも不変である[3]
  • 射影 空間図形の現実的な取り扱いではもう1つ、(無限遠を含む)ある視点からの投影あるいは射影(projection)が重要である。立体図形が射影によってどんな平面図形に写されるか、あるいは空間内の平面図形がどんな平面図形に写されるかは、本格的な数学の問題であるが、私たちは視覚で3次元のものを2次元の機能で認識しており、そこではかなり高度な数学的問題を解いている。一方でこれが「錯覚」を生む原因にもなっている。射影の考え方は絵画で遠近感を持たせるための遠近図法(透視図法)などにも応用される。
  • 対称性 図形の性質で特に重要なものとして、「対称性」(symmetry)がある。ある(平面)図形が対称性を持つとは、平行移動、回転あるいは反転によって自分自身に重なりうることである。一般に高い対称性を持つものほど特殊な(数学的に)「美しい」図形であるとされる。同じ辺数の多角形の中では正多角形が一番対称性が高く、また連続的な対称性を持つ図形は平面内では(平面自身を除けば)直線と円である([4.5])。

 

2.2.3 図形の表現・幾何学

  • 座標 幾何的な考察を数を用いて行うためには、「座標」の概念が欠かせない。これは高等学校で初めて学ぶものではあるが、考え方としては、1次元での(単位を決めた)「長さ」、3次元での「縦・横・高さ」といった呼び名で、幼いときからすでに感覚的には身に付けている[4]。また2次元的な座標はグラフを描く上で、実質的に小学校から使われている。札幌市の住所は例えば北10条西8などと表示されるが、これも平面座標で位置を表すやり方である。ただし厳密な意味での「座標」はいわば空間全体に導入した「物差し」である。これによって空間の「位置」の情報が数で表される。いくつの数が必要かが、考えている空間の次元を表す。また球面座標も天体の位置を表す手段として古代から導入利用されている(天球は正確には半球)が、現在では地球上の位置を表すもの(経度・緯度)として用いられている。
  • 高次元の空間 座標を用いることで私たちはいとも簡単に4次元以上の空間を考えることができる。考える次元の数だけの「数」の組を考え、それを「座標」として持つ点を考えればいいからである。こうして一般次元の「立方体」や「球」を考え、そこでの「幾何学」を展開することが可能である。座標は現実の世界を調べる手段となるだけではなく、無限次元の世界への扉も開いてくれるのである。
  • 位相 幾何学では「量」によって表される計量的性質が基本であるが、これに依存しない幾何的な性質もある。例えば「くっついている―はなれている」。こうした性質は「位相的」(topological)性質とよばれ、それを明らかにすることは近代数学になって初めて意識化され実行された[5]。ここでは計量的な性質が捨象されるため、むしろ組み合わせ論的な(combinatorial)離散的性質が重要な役割を果たす。20世紀になってからは例えばグラフ理論などが大きな進展を見せている。
  • 理論体系の記述 図形についての概念、あるいは図形間の関係を表す概念の性質を理解し、その概念や性質相互の関係を理解するために、ユークリッドは幾つかの基本的命題(公理、公準)と数学的な定義から演繹的推論(証明)に基づいて体系的に理論を記述するという方法を確立し、これは数学的な認識およびその記述方法のモデルとなった。
  • 図形には様々の不思議な性質があり、しかもそれらが一見関係のなさそうな、より基本的ことがらから、しばしば補助的な図形の助けを借りて一挙に説明されたりする。幾何学は、数学の中でも整数論と並んで、単に有用というだけではなく、最も古くから、最も多くの人々を魅了し続けてきた分野であると言えよう[6]

 

[1] ユークリッドの『原論』にある「点」の「定義」、「位置だけあって大きさのないものである」は、点の本質をよく捉えた説明である。

[2] ただし具体的な数値を計算するには、「三角関数」や「平方根」などの値を知る必要があり、四則計算では済まない。

[3] ただし角度が不変であるからといって相似変換になるとは限らない(共形変換)。

[4] 1次元の座標である数直線は小学校ですでに教えられている。

[5] 「ケーニヒスベルクの7つの橋の問題」の解としてオイラーが一筆書きの問題を数学的に完全に解いている(1736)。

[6] 一方で最も多くの人々を苦しめてきた、との反論がありうる。その克服は教育者側の課題である。